徳田けんいち後援会

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シオニズムとその歴史


 シオニズムは、ユダヤ人国家の創設を支持する思想と運動です。シオニズムの起源は19世紀末のヨーロッパに遡ります。当時、ユダヤ人はヨーロッパ各地に散らばっており、アンチセミティズム(ユダヤ人への敵意や差別)の存在も感じていました。このような状況下で、シオニズムはユダヤ人のナショナリズムの表現として興りました。

 特に紀元10世紀、ロシアにより国を滅ぼされ、中欧・東欧に離散していたユダヤ人(この説には異論もあります)に対する迫害、虐殺は、ユダヤ人の自立への思いをいっそう強めることになりました。

 シオニズムの基礎を築いたのは、オーストリア=ハンガリー帝国出身のユダヤ人ジャーナリストであるテオドール・ヘルツル(Theodor Herzl)です。彼は1896年に著書『ユダヤ国家』を発表し、ユダヤ人国家の創設を主張しました。ヘルツルはシオニスト会議を組織し、国際的な支持を広げるために活動しました。ヘルツルはユダヤ国家は特にパレスチナにこだわらず、他の地域でもよいと考えていましたが、このような考えがパレスチナ至上主義者たちの不満を呼び起こし、その後、命を狙われることになります。

 シオニズムの主な目標は、ユダヤ人国家の建設とユダヤ人の帰還です。この目標は、オスマン帝国パレスチナ地域への帰還を通じて実現されることを望んでいました。しかし、当時はパレスチナ地域はオスマン帝国の統治下にあり、アラブ人も住んでいました。このため、シオニストとアラブ人の間で対立が生じました。また、東欧系ユダヤ人=カザール人説によれば、ユダヤ教に改宗したカザール人はユダヤ人を名乗ることはできても、もともとパレスチナに住んでいた本来のユダヤ人ではありませんでしたので、パレスチナに住んでいなかったユダヤ人がシオニズムを唱えても、世界の理解を得られるのかという問題が生じました。そして、この問題は、シオニズムの矛盾の核心を突いていましたので、その後、永いあいだひた隠しにされ続けることになりました。 

 第一次世界大戦後、オスマン帝国が崩壊し、パレスチナ地域はイギリスの委任統治下に入りました。イギリスはユダヤ人入植地の建設を進めましたが、アラブ人の反発も招きました。この紛争は激化し、第二次世界大戦後のホロコースト(ナチスによるユダヤ人虐殺)の影響もあり、国際的な関心を集めるようになりました。

 国際連合は1947年に、パレスチナの分割案を採択し、ユダヤ人国家とアラブ人国家の創設を提案しました。これを受けて、イスラエルという国家が1948年に建国されました。この際、シオニズムは現実の政治的な運動から国家の実現へと進みました。

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