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ティーパーティー運動と保守、ニューライト

 ティーパーティー運動は、米国で始まった保守派市民による政治運動です。
 2009年、金融危機への対応や医療保険改革など政府の支出・関与を増大させるオバマ政権の「大きな政府」路線に反対・抗議する集会が開催され、草の根的に広まりました。ティーパーティー運動の名称は、植民地時代に英国の重税政策に抵抗し、独立戦争の契機となったボストン茶会事件に由来しています。

 参加者の大半は白人で、個人の自由権を絶対的に重視し、それに制約を加える国家の役割を最小限度にとどめようとするリバタリアニズム(自由至上主義)の傾向を持っていたと言われています。
 この点で、ティーパーティー運動に参画していた人たちとニューライトのあいだには、大きな差異があるように見えます。同じ保守でも、立ち位置や信条の異なる保守と言うのが適切なようです。

 ティーパーティー運動には数千の組織がありましたが、特定のリーダーや指導組織が存在していたわけではありません。共和党と連携することが多かったようですが、多くの組織は党派性を否定しており、独自の候補者を擁立することもありませんでした。

 ティーパーティー運動が注目を浴びたのは、2010年1月に行われたマサチューセッツ州の補欠選挙と言われています。E.ケネディ上院議員の死去に伴う補選は大方の予想を覆し、ティーパーティー運動が支持する共和党ブラウン候補が勝利することになりましたが、60年以上も守り続けてきた民主党のケネディ王国の牙城が、発足1年にも満たない草の根運動によって崩されたことが、驚きをもって迎えられました。

 ティーパーティー運動は、こうして保守派市民による草の根運動がアメリカの国政を揺るがす、大変注目すべき出来事になりました。

 そしてその余波は、前回の大統領選挙を経て、今も尚続いています。

 ボストンちゃかい‐じけん【ボストン茶会事件】

 1773年、英本国の制定した茶条例に反対するアメリカ植民地の急進派の人々が、ボストン港に入港した東インド会社の船を襲い、積荷の茶を海に捨てた事件。英国がアメリカ植民地に対する弾圧を強めたため、両者の対立は激しくなり、独立戦争の契機となった。

 出典:デジタル大辞泉(小学館)

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