6月、輝かしい陽光を織り込んだすがすがしい風が流れる美しい季節です。
5月も美しい季節ですが、6月も5月に劣らず、人生の意味、逸楽とは何かを語りかけて来るような、大変美しい季節です。
堀辰雄の作品「風立ちぬ」は、このような季節の八ヶ岳を背景にした、大変美しい小説だったように思います。
昭和の初期に書かれた小説なのですが、ついきのう書かれたばかりのような感じがする、普遍的な、日常的な感覚、機微にあふれた作品です。
同時代の作家としては、芥川龍之介などがいますが、芥川の作品が理知的であっても古めかしさを感じさせるのとは対照的に、堀の作品は新しさというか、生命の息吹のようなもの、ありふれた生活のいきいきとした喜びのようなものを感じさせます。
堀辰雄は1904年、日露戦争が開戦した年、東京に生まれました。
東京帝国大学を卒業し、26歳で文壇にデビューし、芥川龍之介、室生犀星、中野重治、小林秀雄らと交流します。
堀は、堀辰雄の世界、いわゆる私小説の分野で活躍しますが、終戦後は持病の肺結核が悪化し、昭和34年、49歳で亡くなります。
昭和12年に刊行した「風立ちぬ」は、結核の療養のため軽井沢に訪れた彼が、運命の恋人に出会い、翌年、八ヶ岳のサナトリウムで、より重い結核だった彼女の最期を看取るまでの1年半を綴ったレクイエム(死者のためのミサ)です。
当時、肺結核は不治の流行病、死に至る病でした。激しい肺出血と喀血が引き起こす窒息死によって、24歳で永眠した薄幸の美少女は、矢野綾子という実在の女性だったそうです。